イタリアの食文化


宮島 直機氏(中央大学教授)


ローマバチカン前


イタリアの食文化は、南イタリアに始まる!

1)ローマ帝国が残した食材:
ローマ帝国には、古くから野菜(キャベツ・カブ・ほうれん草・サラダ菜・そら豆・えんどう豆・ポワロ葱・
ニンニク・タマネギ・南瓜)や果物(リンゴ・梨・ブドウ・いちじく・ザクロ・桃・サクランボ・プルーン)
が豊富だった。また、古代ローマ人は小麦粉を練って平たくしたラザニア風のものを食べていたが、これが
パスタ類の原型。ローマ帝国の西半分は5世紀に消滅するが、東半分(東ローマ帝国)は15世紀まで存続して南
イタリアに大きな影響を与えた。そこで野菜と果物が豊富なローマ帝国の食文化が南イタリアに残ることにな
る。なお、パン・オリーブ油・ワインは、ローマ帝国に限らず地中海地方の基本的な食べ物である。

2)アラブ人が残した食材:
東ローマ帝国の支配下にあったシチリア島が9世紀にアラブ人のものになり、南イタリアの食文化にアラブ人が
影響を与えることになる。まず遊牧民であった彼らは、生パスタを乾燥することを始め、シチリア島で乾燥パス
タが大量に作られるようになった。また、灌漑施設を持ち込んで米の栽培を始める。サトウキビをシチリア島に
持ち込んだのもアラブ人。まず地中海地方で普及し、キューバやハイチなど西インド諸島にがスペイン人に征服
されると、砂糖黍は西インド諸島で栽培されるようになる。なおヨーロッパ大陸では、19世紀初めのナポレン
戦争が切掛けで砂糖大根が栽培されるようになり、いま砂糖は砂糖大根から作られている。また、いま地中海地
方ならどこにでもあるレモン・なす・アーモンド・へーゼルナッツも、アラブ人が持ち込んだものである。

3)ノルマン人が残した食材:
アラブ人のあと南イタリアを支配したのは、北フランスのノルマンディー地方からやって来たノルマン人。ただ
し、彼らが南イタリアに持ち込んだのは蕎麦くらいである(なおヨーロッパでは、蕎麦は粒のまま煮て食べる。
日本の蕎麦米!)。彼らの功績は、むしろアラブ人がシチリア島に持ち込んだ食文化を南イタリア全体に普及さ
せたこと。

4)フランス人はフォーク:
11世紀ころ東ローマ帝国からフォークを使うことを学んだフランス人は、一時期、南イタリアを支配下に
おいた13世紀にこの習慣を南イタリアに持ち込み、熱くゆでたパスタを素手でつかんで食べていた人たちの間
にフォークは急速に普及することになる。

5)スペイン人が残した食材:
南イタリアの食文化に大きな影響を与えたのはスペイン人。フランス人に代わって南イタリアを支配下においた
スペイン人は、アメリカ大陸から新しい食材を持ち込んできた。トマト・とうもろこし・ジャガイモ・唐辛子・
ピーマンなどである。また古代ローマ人が食べていた南瓜がアメリカ大陸から持ち込まれてきて復活することに
なった。とくにトマトはチーズとの相性がよく、それがイタリアの食文化に与えた影響は重要。


南イタリアの食文化は北へ、そしてフランスへ!

1)南の食文化が北へ
19世紀中頃にヨーロッパで盛んになった民族主義の影響を受けて、イタリアでも統一運動が展開されることに
なるが、そのとき中心になったのが北イタリア(トリノがあるピエモンテ州)である。イタリアは北から統一
されることになるが、その結果、南にあった食文化が北イタリアに持ち込まれていくことになった。

2)北イタリアにもあったドイツの食文化:
西ローマ帝国を5世紀に滅ぼしたのは、ドイツ人の祖先であるゲルマン人の一部族ランゴバルド人。それ以来
、北イタリアにはドイツの食文化が持ち込まれ、豚・牛・ラード・バター・ビールが存在していた。そこに南
イタリアの豊富な野菜・果物・米・乾燥パスタが持ち込まれてきたのである。

3)イタリア料理がフランスへ:
イタリア統一運動の中心であったピエモンテ州や、そこを支配していたサボイア家は、もともとフランスの影響
下にあってフランスとの交流が盛んであった。北イタリアにまで到達した南フランスの食文化がフランスに影響
を与えるのは、そんな交流の結果である。1533年にアンリ4 世に嫁いだカトリ−ヌ・ド・メディシスがフラン
スに連れて行った料理人が、イタリア料理をフランスに紹介したとよく言われるが、これは伝説に過ぎない。