南イタリアと北イタリア

2007年1月1日
菓子工業新聞

連載内容、全10回

1.社交のマナー、エチケット 宮島ワンダ先生
2.イタリアはヨーロッパの食文化の原点 宮島直機教授
3.食空間の美・美しい空間作りポイント 宮島ワンダ先生
4.プロトコール用テーブル 宮島ワンダ先生
5.イタリアの食文化はトルコ料理と根がおなじ? 宮島直機教授
6.プロトコール・国際儀礼 宮島ワンダ先生
7.ヨーロッパの食文化はイタリアからフランスへ 宮島直機教授
8.南イタリアと北イタリア 宮島直機教授
9.社交の場・サロンの美            宮島ワンダ先生
10.シルバーの知識               宮島ワンダ先生


8.南イタリアと北イタリア  宮島直機

1、南イタリア

南イタリアの食文化は、次の国の人々から影響を受けている。


○ローマ帝国

ローマ帝国では古くから、野菜や果物を食べていた。野菜はキャベツ、ビエトロ、カブ、ほうれん草、サラダ菜、そら豆、えんどう豆、ポワロ葱、にんにく、たまねぎなど。果物はリンゴ、梨、葡萄、イチジク、ざくろ、桃、さくらんぼ、プルーン。アフリカから西瓜とメロンも入った。また、パンやオリーブ、ワインは南イタリアの基本的な食べ物で、もともと地中海地方のものだったが、キリスト教の儀式用品としてヨーロッパ中に普及した。パンはイエスの体に変わるもの。オリーブ油は聖油に使い、死体に付ける終油にもなる。ワインはキリストの血を表す。ただ、ワインはドイツのライン川の日当たりの良い北側の土手までで、それ以上、北では作れない。オリーブ油もアルプス山脈を超えたら作れないので、輸入されている。また、ローマ人は小麦粉を練り、平たくして小さく切った生のラザーニアを食べていた。これがイタリアのパスタ類になった。東ローマ帝国が南イタリアを長く支配したので、今でも野菜や果物をたくさん食べる習慣が残っている。


○イスラム教徒

7世紀、イスラム教が普及しはじめ、イタリアではシチリア島まで、イスラム教徒が征服し、次のような食材が持ち込まれた。先ず、北の方では生で使ったパスタを、南イタリアでは乾燥パスタにした。イスラム教徒は、沙漠を移動するので、乾燥させて保存食にする必要があった。乾燥パスタはシチリア島で大量に作られた。米も灌漑設備を含めて持ち込まれ、アルプス山脈の下にあるポー川添いのロンバルディア平原に普及した。また、今のヨーロッパでは作られていないが、さとうきびをシチリア島に持ち込み、地中海の島々で作った。これが西インド諸島、キューバ、ハイチなどに広がる。さとうきびは、蜂蜜に取って変わる甘味で、当時は贅沢品だったため王侯貴族しか食べられなかった。庶民は玉ねぎを煮て、甘味に使った。その後、19世紀はじめ、ヨーロッパをナポレオンに支配されたので、イギリスは貿易を禁止し、大陸封鎖した。イギリスが海路を押さえていたので、西インド諸島で作られた砂糖が入らなくなった。このためナポレオンはカブの中から甘みの強い砂糖大根を栽培させ、搾りかすを家畜の餌にした。このカブの栽培は、三圃制を無くすきっかけとなる。ヨーロッパでは昔から、連作障害を避けるため、畑の3分の1を休閑させ、そこに家畜を放す三圃制をとっていた。しかし、カブの栽培により、家畜は小屋で飼って、畑を全部利用するようになった。肥料の糞が肥料になったので、三圃制は15~16世紀に無くなっている。この他、イスラム教徒はレモン、ナス、アーモンド、ヘーゼルナッツなどを持ち込んだ。


○ノルマン人

三圃制がアルプス山脈から北側で取れたのは、溶けない雪が根雪となるからである。雪が降る前、畑を耕して種を蒔き、土を被せておく。上に降った雪は防寒材になり、春になると溶けるので、先ずこの水が利用できる。これで春先に蒔いた種は芽を出し、夏に収穫できる。もう一度、夏に雨が降り、この水が利用できた。しかし、地中海地方は二圃制であって三圃制ではない。冬にしか降らない雨で、春に芽を出させ、夏から秋に収穫する。作物は1回しか採れない。畑は半分利用し、半分は休閑にしている。西ドイツと北フランスで始まった三圃制の農業技術は、地中海地方では利用できない。従って、ノルマン人が南イタリアに、農業技術を持ち込んだとは考えられない。ただ、蕎麦を南イタリアに持ち込んだことは考えられる。蕎麦はあまり肥沃ではない山の中で採れるからだ。また、イスラム教徒の持ち込んだものを、南イタリアに広める役割も果たしている。


○フランス王家

その後、やってきたフランス王家は、11世紀ごろ東ローマ帝国からフォークを持ち込んだ。パスタは熱いので、木製のフォークを使って食べた。ナイフ、フォークを個々に使う習慣もイタリアから始まった。


○スペイン王家

フランス王家の後、スペイン王家は南イタリアやシチリア、ナポリを支配し、南アメリカから新しい食材を持ち込んだ。トマト、とうもろこし、じゃがいも、いんげん豆、唐辛子、ピーマンなどである。かぼちゃはローマ帝国時代に食べていたが、忘れられ、南アメリカから入り復活した。トマトはチーズと組み合わさって、イタリアの食文化に重要な役割を果たした。また、イタリアは19世紀中頃に統一され、イタリア人という意識が出て来た。この時、家庭の主婦が作っていたレシピを各地で集めて本にする人が出てきた。これを読んだ人が同じものを作るようになり、イタリア料理になっていった。


2、北イタリア

北イタリアは北ヨーロッパ的である。ローマ帝国の生のラザニアも生のパスタとして残った。また、ランゴバルド人が来て、豚、牛、ラード、バター、ビールなどゲルマン人の食文化を普及させた。ちなみに、北イタリアのロンバルディア平原は「ランゴバルト人がいるところ」を意味している。また、オーストリア人もやってきたが、食文化でイタリアに貢献したものはない。


○フランスとの交流

1533年、カトリーヌ・ド・メディシスは料理人を連れて、アンリ4世に嫁いだ。この時、フランスにイタリア料理が普及したというが証拠は無く、伝説にすぎないようだ。むしろ、以前から北イタリアとフランスの交流は盛んであった。ドイツ人もキリスト教徒になった後は、ローマを目指してアルプス山脈を超えている。また、1533年以前から、中世ヨーロッパの共通語、ラテン語のレシピがフランス語に訳され、ヨーロッパ中に広まっていった。また、北イタリアではピエモンテ地方が、フランスとの掛け橋になっている。


◎バラのムース

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写真のお菓子はバラのムース。一番下はピスタチオを使ったビスキュイジュコントの生地を敷いています。ムースの中の生地はアーモンドプードルのビスキイダマンドを使い、セージの葉を加えたシロップも打ち込んでいます。その上に、ラズベリーとすぐりのゼリーをのせています。ゼリーにもセージを刻んで、香りを出しました。ムースはカスタードソースを作り、バニラビーンズを加え、泡立てた生クリームソースを加えました。

最後にローズウォターを入れたグラッサージュをかけます。飾りは上には、ミントとラスベリー、食用のバラ、横にホワイトチョコレートを付けました。皿の周りに飾った花びらは卵白に付けて、グラニウートをまぶし、低温のオーブンで乾燥をさせたものです。

ヨーロッパの食文化はイタリアからフランスへ

菓子工業新聞

連載内容、全10回

1.社交のマナー、エチケット 宮島ワンダ先生
2.イタリアはヨーロッパの食文化の原点 宮島直機教授
3.食空間の美・美しい空間作りポイント 宮島ワンダ先生
4.プロトコール用テーブル 宮島ワンダ先生
5.イタリアの食文化はトルコ料理と根がおなじ? 宮島直機教授
6.プロトコール・国際儀礼 宮島ワンダ先生
7.ヨーロッパの食文化はイタリアからフランスへ 宮島直機教授
8.南イタリアと北イタリア 宮島直機教授
9.社交の場・サロンの美            宮島ワンダ先生
10.シルバーの知識               宮島ワンダ先生

7.ヨーロッパの食文化はイタリアからフランスへ 宮島直機

1、イタリア政治的統一

イタリアの政治的統一はトリノを支配していたサボイア家という王家が中心となり、北から南を征服統合した。統一されると国境内は、人の移動も自由になるので、逆に南の先進的食文化が北へ上がっていった。


2、フランス

フランス料理は、もともとアルプス山脈の北側にあった豚肉、ラード、ビールをワンセットにしたものであった(さらに牛肉、バター、チーズが付属)。この料理に南イタリアの料理がトリノ経由で入ってきた。南イタリアの食文化は、古くは地中海のギリシャ・ローマ時代にはじまるパン、オリーブ、ワインがワンセットになっており、さらに野菜と果物がついていた。また、ヨーロッパはキリスト教を受け入れた地域なので、儀式に必要なパン、オリーブ、ワインがアルプス山脈の北にも広がっていった。キリスト教の最も重要な儀式であるミサでは、パンはイエスの体、ワインはイエスの血を象徴するとされており、またオリーブ油も死んだときに遺体に塗る終油として欠かせないものである。フランスは、この南ヨーロッパの食文化が、もとからあった北ヨーロッパの食文化が合流する良い場所であったということになる。


3、フランスの特異性

12世紀、ロアール川とライン川に挟まれた地域に農業革命が起り、北フランスが栄える。北フランスは南フランスを征服するため異端退治と称してアルビ十字軍を出兵させ、南フランスを征服統合し、いまのようなフランスができあがる。フランスはイギリスとの対抗関係から、早くから王国を形成していた。イギリスは11世紀中ごろ、フランドル地方からやってきたノルマン人に征服されため、最初から1つの国としてのまとまりが良かった。フランスは、そんなイギリスと対抗するために、早くからつの国にまとまらざるをえなかったのである。さらに農業革命のおかげで豊かであり、ヨーロッパで1等国のモデルのような存在となった。ベルサイユ宮殿はその典型である。ウイーンにあるハプスブルグ家のシェーンブルーン宮殿など、ヨーロッパには、各地にベルサイユ宮殿を小規模にしたようなものがある。フランスを真似することが文明化を意味し、先進国になる条件となった。外交用語もラテン語からフランス語に変わった。フランス料理も食文化のモデルとして受け入れられていった。


4、フランス料理の特異性

イギリスは貧しかったので、海外に出ていっていろいろなものを手に入れようとした。フランスは豊かだったのでその必要はなく、植民地開発も熱心ではなかった。豊富な食材のほかにも、貴族の存在が料理の工夫を可能にした。貴族は贅沢を高い身分の証しとしていた。自分たちの贅沢さアピールするために料理に工夫を凝らしたのである。中世ヨーロッパでは香辛料が高価だったので、胡椒やサフランをたくさん使うと贅沢な料理と思われていたが、ポルトガルやスペインが新航路を開いて香辛料を大量に仕入れるようになると香辛料は安くなり、贅沢な料理の証拠にならなくなった。そこでフランスの料理人は、香辛料を使わずに素材を生かす工夫をはじめる。また、19世紀の終わりにフランス革命が起きて貴族達が抱えていた料理人が貴族の宮廷から街に出て行った。料理人は食事を用意してそれを客に食べさせることを始めた。レストランの登場である。これがヨーロッパ中に広まっていった。「レストランrestaurant」という言葉の由来は、「元気をつける、食べさせる」という意味のrestaurerが、現在進行形のrestaurantになったものである。
フランス料理の根源にあるフランスの豊かさを生み出した農業革命については、前回の講演で説明済みです。そちらを参照して下さい。ただし、前回には森林伐採用に斧、鉈、鋸が鉄で作られたこと、それを使った大開墾時代と呼ばれる大規模な開墾が12世紀に始まったことには触れませんでした。その点は、説明を追加しておきます。また、収穫高がそれまでの2倍になり(1粒?3、4粒から1粒?7、8粒に倍増)、それが大規模開墾に伴って必要になった種の供給を可能にしたことも説明として追加しておきます。

◎ヘーゼルナッツショコラムース

ヘーゼルナッツショコラムース

写真はヘーゼルナッツショコラムース。一番下にヘーゼルナッツのダコワーズを敷いてあります。ダコワーズにはヘーゼルナッツのリキュール、フランジェリコを軽くシロップとしてうってあります。その上には、チョコレートのムースとヘーゼルナッツのブリュレを乗せています。ムースにはゼラチンあまり入れず、口溶けを良くしました。回りはヘーゼルナッツをムースで上がけした、グラサージュショコラです。上には金箔スプレーを吹き掛け、ローストし、飴掛けしたヘーゼルナッツを飾っています。

プロトコール・国際儀礼 宮島ワンダ、連載

菓子工業新聞

1.プロトコール、社交のマナー、エチケット 宮島ワンダ先生
2.イタリアはヨーロッパの食文化の原点 宮島直機教授
3.食空間の作りポイント 宮島ワンダ先生
4.プロトコール、テーブルコーディネート 宮島ワンダ先生
5.イタリアの食文化はトルコ料理と根がおなじ? 宮島直機教授
6.プロトコール・国際儀礼 宮島ワンダ先生
7.ヨーロッパの食文化はイタリアからフランスへ  宮島直機教授
8.南イタリアと北イタリア 宮島直機教授
9.プロトコール、コミュニケーション       宮島ワンダ先生
10.立食、パーテイーマナー           宮島ワンダ先生

プロトコールは、日本語で「外交儀礼」と訳されます。国柄や文化が異なる人々が集まる時、みんなが気持ちよく時間を共有するためのマナーのことです。
服装、テーブル、コミュニケーションの三本柱をマスターする必要があります。

1.フォーマルウェア
◎ホストのドレスコード(服装規定)

先ず、フォーマルウェアですが、ホストとゲストでは違います。ホストのドレスコード(服装規定)は、自分の感覚ではコーディネイトできません。

公式な午餐会=男性は、モーニング・コートで正式なスラックスはグレーの縞が入っています。女性はアフタヌーン・ドレスで床までのロングです。

公式の晩餐会(午後7時以降)=男性は燕尾服(ホワイトタイ、白いベスト)です。招待状にホワイトタイと書いてある場合は、燕尾服を意味します。白い蝶ネクタイの意味ではありません。女性はイブニング・ドレスで、フランス語ではローブデコルテと呼びます。ロングは男性と供に出かける時だけです。男性なしの場合、ロングは着ません。また、肩を出して、手袋をします。着席の時は手袋をしたままでよく、レセプションなどの立席では取ります。また、夜の正餐はバンケットと言います。着席するディナーのことで、ドレスコードが決まっています。

公式でない晩餐会、一般の結婚式など=男性はタキシード(ブラックタイ、カマーバンド)です。タキシードは、夜しか着ません。またカマーバンド、つまりベルトをしているのが特徴です。靴はエナメルのオペラシューズで、リボンが付いています。

ブラックタイはタキシードを意味します。女性はロング・ディナードレスです。長袖であまり肌を出さず、裾は床まであります。男性はディテールが大事な服装をしているので、失敗するとすぐ分かります。また、男性は選択の余地はほとんどないため、選ぶ時は男性から決めたほうがようでしょう。女性はいくらでも男性に合わせることができます。


◎TPOに合わせたフォーマルウェア

ディナーパーティ=ホストはタキシードかブラックスーツ(黒いベスト付き)。

ゲストはブラックスーツ、カラーフォルマールで、流行を取り入れてもよいでしょう。TPOに合わせて、とはコーディネイトすることです。ただ、ゲストはタキシードを着ません。また、ベストは着た方が良く、蝶ネクタイなどは、カラーにしてもよいでしょう。

一般のパーティ=ホストは昼がブラックスーツかニューフォーマル、夜はタキシードかブラックスーツです。ゲストは昼も夜もホストと同様です。ドレスコードが無いのでゲストは楽です。ただ、ホストがタキシードではない場合があるので、ブラックスーツが無難だと思います。タキシードの場合は、招待状にブラックタイで、と書いてあります。ちなみにブラックスーツの靴は紐付きで、色は黒です。

レセプションなど会社の記念行事=会社の人が集まるとビジネスが付きものです。あまり遊ばないほうがよいでしょう。ホストは昼がモーニングコートかブラックスーツ。ブラックスーツはベストが入って、3ピースで揃えます。夜はタキシードかブラックスーツです。ゲストは昼も夜もブラックスーツで、ホストより控え目にした方がよいでしょう。男性がタキシードの時はエレガントな雰囲気があるので、女性はパールを身に付けます。

音楽会、発表会、年始などで改まった挨拶や訪問、およびクリスマスパーティーのような親しい人の集い=男性は立場に関係なくブラックかダークスーツです。女性はカクテルドレスで、カクテルドレス姿は、クリスマスパーティーによく見られます。カクテルパーティーは、午後16時から20時に開き、1回2時間、立食でおつまみ程度です。遅れて参加してもいいし、途中で帰ってもかまいません。また、レセプションは歓迎会を意味し、だいたい立食で、ビュッフェスタイルです。


2.ゲストが集まるビジネスや社交の場のエチケット

英語の「マナー」もフランス語の「エチケット」も「礼儀、作法、習慣」などを意味します。人と付き合う時に、人間関係をスムーズにする言葉使いや作法、社会的な約束ごとや申し合わせなどです。また、注意しなければならないのは、日本人は自分から知らない人に話しかけたりしませんが、欧米人は笑顔で挨拶したり話しかけたりして、知らない人とも積極的にコミュニケーションをとることを重視します。

◎挨拶の仕方(グリーティング)=立ち上がり、笑顔で歩みよる。名前を名乗る。相手の目を見ながら握手をする。

◎握手の仕方(ハンドシェイク)=背筋を伸ばす。相手の目ながら握手をする。相手の手はしっかりと握る。

◎紹介の仕方(イントロダクション)=年下の者を年長者に。目下の人を目上の人に。紹介される人は二人とも起立する。特に女性に紹介された時、男性は必ず席を立つ。役職、肩書きのある人を紹介するときは、そのことも忘れずに付け加える。年長者や目上の人に紹介されたときは、男女とも先方から握手を求められた場合のみ手を出す。

◎接待の仕方(エンタテーニング)=ホストは招待状を1ヶ月前に出す。招待状が届いたら、ゲストは1週間以内に返事を出す。着席方式のパーティでは、プレイス・カードをテーブルに置いて混乱を避ける。招待者が60人以上の場合・レシービングラインを設けて全員がお互いに挨拶が出来るようにする。ラインの先頭にはホストが立つ。レシービング・ラインは会場内の入り口近くで、大勢の客に見える位置に。パーティの場合、男女の数がほぼ同数の場合は、男女交互に着席する。酒類は1人3杯までを目やすにして、飲み過ぎないようにする。レシービングラインは、よく、結婚式の終わりに見られるように入り口に並ぶことです。ふつうパーティの時は、入口にレシービングラインがあります。ホストやホステス、関係者の順に、1列に並んでゲストをお迎えします。ゲストはそこで挨拶と握手をして会場に入って行きます。レシービングラインは開始予定時間の15分後にはなくなるので、時間に遅れないようにします。またレシービングラインがある場合は、パティー開始のスピーチや挨拶はしません。


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◎ラバイヤデール

写真のお菓子はラバイヤデール。インドの舞姫、バレリーナの名前です。戯曲もあります。一番下にはメアーモンドパウダーを少し入れ、軽めのさくっとさせたメレンゲを敷いています。その上はミルクチョコのムースで、間にアールグレイのブリュレクリームを挟み、層にしています。ちなみに、洋服の生地で幅が違うストライプをバイヤデール柄といいます。外側にはショコラのグラサージュをコーティングしました。回りには砕いたパイ生地を付けています。上にはカカオのチュイ―ルとミルクチョコ、ブラックチョコを飾っています。また、舞姫なので華やかなバラを使ってトッピングし、舞いのように高さも出しました。ラバイヤデールは中がムースやプリン、ババロアで2~3層にした、紅茶とアーモンドの香りがする、ヨーロッパのお菓子です。

イタリアの食文化はトルコ料理と根がおなじ?

菓子工業新聞

連載内容、全10回

1.社交のマナー、エチケット 宮島ワンダ先生
2.イタリアはヨーロッパの食文化の原点 宮島直機教授
3.食空間の美・美しい空間作りポイント 宮島ワンダ先生
4.プロトコール用テーブル 宮島ワンダ先生
5.イタリアの食文化はトルコ料理と根がおなじ? 宮島直機教授
6.プロトコール・国際儀礼 宮島ワンダ先生
7.ヨーロッパの食文化はイタリアからフランスへ 宮島直機教授
8.南イタリアと北イタリア 宮島直機教授
9.社交の場・サロンの美            宮島ワンダ先生
10.シルバーの知識               宮島ワンダ先生

5.イタリアの食文化はトルコ料理と根がおなじ?  宮島直機

トルコ料理がフランス料理、中華料理とならんで世界3大料理となっていることを皆さんはご存知でしょうか。
トルコ料理は、食材も料理の種類も豊富にです。トルコ人はイラン高原からやってきた遊牧民なので、羊を焼いて食べていました。
そこで羊の肉を使った様々な料理があります。また、イスラム教を受け入れたので、アラビア半島の食文化の影響も受けています。
さらにローマ帝国の東半分を構成していたビザンツ帝国の首都コンスタンチノーブル(現在のイスタンブール)を占領したので、ローマ帝国の食文化も受け入れています。以前にお話しした南イタリアも、もともとはビザンツ帝国の一部だったので、ローマ帝国にあった豊富な野菜、果物、さらにパン、オリーブ油、ワインを受け継ぎましたが、このような食材や料理の豊富さが南イタリアと同じような形でトルコ料理にも受け継がれたというわけです。
トルコ料理の食材は野菜、果物の他にハーブ類も豊富で、さらにインド経由でもたらされたスパイス類も、コンスタンチノーブルで取引されていました。
また、イスラム教徒は酒が飲めないので、トルコではお菓子類が豊富です。そのなかから、いくつか挙げてみますと、

○シャーベット:高い山の雪を氷室に保存しておいて、夏に氷菓子を作っていました。トルコの皇帝だけが食べていた贅沢なお菓子です
○エズメ:アーモンドやピスタチオをすりつぶして砂糖で練ったもので、日本の生菓子に似ています。
○ハウワ:白胡麻をすって砂糖で練ったもので、ポーランドなどにも広まっています。
○ロクム:日本の求肥に似たお菓子。
○ババ:サバランの原型になったケーキです。ちなみに、「ババ」は「親父」の意味で、「開けゴマ」で有名なアリババは「アリおじさん」という意味になります。

また、のちにルネッサンスの中心になる北イタリアのジェノバ、フィレンツェ、ベネチア、ミラノなどの都市はビザンツ帝国や、ビザンツ帝国を征服したトルコとスパイス類の取引があったおかげで繁栄しました。
ちなみに、フォークはビザンチ帝国からベネチア経由でヨーロッパに入っています。
このように、イタリアの食文化とトルコ食の文化は根がおなじだということになります。

12月号なので宮島直機氏にポーランドで経験したクリスマスについて話していただきました。ポーランドでクリスマスを経験しましたが、意外と知られていないのは、雰囲気が日本の正月によく似ていることです。

これは、もともと正月もクリスマスも冬至の祭りが起源になっているからでしょう。冬至には昼が一年中で一番、短くなり夜が一番、長くなります。そこで、ひょっとすると太陽が死んでしまうかもしれないと心配されました。そんな太陽を蘇らせるために行われたのが冬至の祭りでした。

クリスマスは聖なる時間が流れる時で、日本の正月のように家族だけで静かに過ごします。イブには特別な料理を用意します。肉は食べません。パン粉を付け、フライパンで揚げた鯉や茸など。ほかにキャベツや茸を入れた餃子(もちろん肉なし)、キャベツや茸が入ったスープを食べます。このスープは出汁を干し茸(松茸に似た香りがよい茸)から取ります。肉は使いません。

また、真夜中になるのを待って教会に行き、真夜中のミサに参加しますが、これなんかは、まるで除夜の鐘を待ち、それから初詣に行くのとおなじです。帰宅して一休みし、それから特別な料理を食べるところもそっくりです。なお、ヨーロッパで肉といえば基本的に豚肉のことで、鶏肉(たとえば七面鳥)や魚肉はクリスマスでも食べてよいことになっています。

ケーキも特別のものを用意します。ポーランド語で「マコービエッツ」と呼ばれる芥子の実が入った焼き菓子(ポーランド語で芥子の実のことをマックと言います)や香辛料が入ったジンジャー・ブレッドのような焼き菓子、卵と砂糖と胡桃で生地を作ったロールケーキなどです。料理の数は13種類、用意します。これはイエスに従った12使徒とイエスの人数に合わせた数です。最後の晩餐に因んだものです。また、突然の来客のためにテーブルに余分にお皿を置いて、席を一つ用意しておきます。


◎ブッシュ・ド・ノエル

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お菓子はブッシュドノエル。まきの形をしたクリスマスの定番で、フランスのお菓子屋では、ショーケースいっぱいに並びます。最近はムースのほうが多いですが、バタークリームのロールケーキにしました。クラッシックはこのような形をしています。中はコーヒー風味のスポンジで、間にはラム酒風味のバタークリームとカスタードクリームを合わせたものが入っています。
バタークリームは敬遠されるイメージありますが、軽めの卵風味で食べやすくしてあります。外側はコーヒー風味とバニラ風味と緑に色付けした3種類のバタークリームを使っています。きのこはメレンゲを乾燥焼きにしました。上にはココアパウダーと粉砂糖をふっています。下は落ち葉をイメージするため、フィアンティーヌを付けました。

プロトコール、テーブルコーディネート、宮島ワンダ  

菓子工業新聞

連載内容、全10回

1.社交のマナー、エチケット 宮島ワンダ先生
2.イタリアはヨーロッパの食文化の原点 宮島直機教授
3.食空間の美・美しい空間作りポイント 宮島ワンダ先生
4.プロトコール用テーブル           宮島ワンダ先生
5.イタリアの食文化はトルコ料理と根がおなじ? 宮島直機教授
6.プロトコール・国際儀礼 宮島ワンダ先生
7.ヨーロッパの食文化はイタリアからフランスへ 宮島直機教授
8.南イタリアと北イタリア 宮島直機教授
9.社交の場・サロンの美            宮島ワンダ先生
10.シルバーの知識               宮島ワンダ先生

4.洋食器  宮島ワンダ

テーブルセッティングはリネン、磁器、カトラリー、グラスで構成されますが、レストランと家庭では大きな違いがあります。レストランではフォーマルなものが多く、リネンや皿、グラスには色の付いたものを使いません。デコレートしたカトラリーもあまり見られません。また、ウエディング以外はセンターピースに、ほとんど力を入れません。セッティングは先ずリネン、次に皿、カトラリー、グラス、せンターピースの順に飾りますが、フルセッティング(ディナーなど食事を頂ける状態)では、リネン無しで19個の道具をセットしておきます。位置皿、パン皿、テーブルナイフ、テーブルフォーク、フィッシュナイフ、フィッシュフォーク、前菜用ナイフ、前菜用フォーク、テーブルスプーン、デザートフォーク、デザートナイフ、デザートスプーン、コーヒースプーン、バターナイフ、白ワイングラス、赤ワイングラス、ゴブレット、シャンパングラス、ナプキン(白)と19個あります。カトラリーの数や内容を見れば、何のメニューが出てくるのか分かります。ただ、19個以外にスープ皿、ケーキ皿などのお皿が、後から出て来ます。さて、ヨーロッパで作られた磁器を国別に見て行きましょう。以前、日本の女性にもらって嬉しいティーカップを調査した資料がありますので、窯元を順に紹介して行きます。

先ず、イギリスではウエッジウッドがあります。一七五九年創業の、英国の名門であり、粘土に骨灰を混ぜるボーンチャイナが有名です。英国の作家スマイルズの「自助論」で紹介されて以来、海外で暮らした経験がある人たちのステータスとして定着しました。図柄は、ギリシャ神話の一場面など、ストーリー性に富んでいます。特に、19世紀初頭の原画を元にデザインした「ワイルドストロベリー」は人気があります。一九六五年の発売以来、売り上げ上位を続けており、野イチゴの図柄が、英国庭園を思わせます。また、「アレクサンドラ」は二〇〇四年に日本で先行販売され、プラチナのラインが幅広い年代層に人気があります。王侯貴族の宝飾晶ティアラが描かれています。また「フロレンティーターコイズ」は一三〇年以上前にデザインされ、ギリシャ神話に登場する黄金の守神グリフィンを描いています。

ドイツではマイセンがあり、一七一〇年創業で欧州で最も長い歴史です。代表的なものは1739年完成した「ブルーオニオン」があります。竹の根元に双剣を描いてあるところが他のブルーオニオンと違います。書かれているのは桃、ザクロ、竹ですが、ザクロがタマネギに見えたことからこの名がつきました。それぞれ、幸福、繁栄、長喜を表しています。また、日本に馴染みがある染め付けで、使っている色が少ないので料理とのコンビネーションが取りやすいです。また、現代マイセンを代表するシリーには「波の戯れホワイト」があります。ホワイトほか青い花など多数の柄があります。アラビアンナイトなどもそうですが、白いお皿に、波が書いてあるのではなく、型になっていることが特徴です。

また、ドイツにはフッチェンロイターのエステールなどもあります。

フランスにはエルメスがあります。一八三七年創業で、皮製品では有名ですが、食器類への進出は一九八四年と比較的最近です。白地にHの文字を幾何学的に描く「リズム」などがあります。Hの色は赤緑青の3色です。一九三八年発表のアクセサリーを描いた「シェーヌダンクル」は、四代目のロベールデユマエルメスが港を散歩していたときにひらめいたデザインです。「シェスタ」は異国風の庭園を思い描いています。

また、フランスで陶器はジアンがあり、パンジーが書いてあるアリスが有名です。

デンマークはロイヤルコペンハーゲンです。「ブルーフルーテッドプレイン」は中国のバラと菊を描いています。横笛のような溝があるので、フルーテッドと呼ばれています。一七七五年の設立当初からある伝統の柄で、職人の手描きによる絵づけを続けています。日本にも、早く入ったので定着しています。

ちなみに、日本ではナルミの「ロージーレーン」があります。バラのつぼみが徐々に咲く様子が描かれています。一九一一年に創業し、六五年にボーンチャイナの量産化に成功しました。強度は世界有数の水準といわれています。

この他、南欧ではリチャードジノリ「イタリアンフルーツ」、中欧ではハンガリーのヘレンド「ウイーンのバラ」、オーストリアのアウガルテン「ウインナーローズ」などが知られています。

また、基本的に磁器はチャイナと呼ばれるように、ブルーオニオンやフルーテッドなど、中国から影響を受けたものが多いようです。ヨーロッパ人の嗜好であれば建築に、合わせて描かれています。また、同じ磁器でも色が土の質により、全然違います。例えば、エルメスのリモージュの白と比べると、ジノリの白はブルーぽく、硬い感じです。

次にグラスですが、格式を重んじる場合はステムウエアを使います。ゴブレットや白ワイン、赤ワイン、シャンパンフルートがあります。最初は神に新酒を捧げるために使い、王様、貴族、庶民に移りました。タンブラーはジュースやミルクを飲む時の普段使いのコップです。昔の酒杯は獣角で、庶民はガラスを持てず、置けば転がるので、タンブラーと呼ばれるようになりました。また、タンブラーは食後に別室で、スコッチやウイスキーなどに使われます。

カトラリーは西洋人の家庭では銀器を買います。テーブルウエアは人間より寿命が長いので、母から娘に誕生日にプレゼントします。

リネンは西洋の食卓にかかせないものです。特に、綿でなく光沢のある、麻が好まれます。形はテーブルトップに合うもので、色はフォーマルな白です。寸法は25cmあります。また、ヨーロッパではレースは小物で、食事の時でなく、ティータイムの演出として使います。ディナーの時は白でしっかりしたリネンを、ランチは目的に応じて、色を変えたりします。

タルトプリュノー

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アルザスの方でなクエッチという少し細長いタイプのプラムを使っています。クエッチは蒸留酒にも使うプラムの種類です。タルトはタルト生地にアーモンドクリームとセミドライのプラムを混ぜこん、焼き、上にカスタードクリームを塗ります。上には赤ワインとレモンの皮で、コンポートしたプラムを乗せて、艶出しと乾燥を防ぐためにナパージュを上がします。最後に、ピスタチオとミントを飾りました。


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